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株式会社ダイエー

種類 株式会社
市場情報 東証1部 8263
大証1部 8263
名証1部 8263
福証 8263
札証 8263


本社所在地 本店
兵庫県神戸市中央区港島中町4-1-1
極楽天で検索
東京本社
東京都江東区東陽2-2-20

設立 1957年4月10日
業種 小売業
事業内容 商品の小売・卸売業ほか
代表者 林文子(代表取締役会長)
西見徹(代表取締役社長)
資本金 565億1700万円(2006年2月28日現在)
売上高 単体1兆1754億6800万円、連結1兆4315億0800万円(2006年2月)
従業員数 6979人(2006年2月28日現在)
決算期 毎年2月末日
主要株主 丸紅株式会社33.67%(2006年8月4日現在)
主要子会社 株式会社オーエムシーカード
関係する人物 中内功(創業者)
外部リンク www.daiei.co.jp

概要
社名は株式会社ダイエー(英文表記:The Daiei, Inc.)。登記上本店は神戸市中央区港島中町4丁目1番1(神戸ポートアイランド内)。実質的な本社機能は東京都江東区東陽2丁目2番20号に所在する。また、旧ダイエーグループ本社ビル(大阪府吹田市豊津町9番1号の江坂東洋物産ビル)に、一部の事業所が残っている。 1960年代後半〜1970年代に大きく発展し、1980年代には小売業以外にもホテル、大学、プロ野球、旅客、出版、金融など事業分野の多角化に乗り出し、バブル崩壊後の1990年代に至っても「価格破壊」をスローガンに拡張路線を進めたが、1990年代後半から業績悪化が表面化し、21世紀に入ってからは産業再生法の適用及び産業再生機構からの支援を受けて、非主力事業の譲渡や、コア事業である小売部門の縮小などの再建策が行われている。経営不振後は「バブルの負の遺産の象徴」として語られる向きもあるが、高度経済成長下の時代においては、新しい業態を開発し、流通業界を牽引する役割を果たしていた。


コーポレートアイデンティティ(CI)

ダイエー所沢店名前の由来は、創業者・中内功の祖父・中内栄の名前の「栄」に、「大」をつけた「大栄」であり、「大阪より栄える」という意味もこめられている。また、1975年から2005年11月30日までダイエーグループのスーパーマーケット共通に使われていた(グループ企業のマルエツでは現在も使われている)「D」のシンボルマークは、「上弦の月」をイメージさせるとともに、真円の一部が欠けたデザインとすることで、不完全な円=「永遠の未完成」(=成長し続ける)を意図している。

2005年12月1日から、新しいキャッチコピー「ごはんがおいしくなるスーパー」の採用とともに、ロゴ(社章)・シンボルマークが一新された。ロゴの「Daiei」は「daiei」になり、その書体も、Helvetica(ゴシック体)から、丸みを感じさせる書体に変更された。シンボルマークは、「Dマーク」に代わり、発見や歓びを表わす「!(感嘆符)」とdaieiの「d」とを組み合わせた(そしてハート型も連想する)イメージに変更されたが、コーポレートカラーのオレンジは、あえて変更されずに継承されている。


ダイエーグループ従業員の誓い
かつて、以下のような社訓が存在し、朝礼に際して唱和されていた。

この仕事を通じてお客様のよりよい暮らしに奉仕致します
よい品をどんどん安く売る事を働き甲斐と致します
人を愛し、店を愛し、日々美しく努力を続けます

プライベートブランド
多くのプライベートブランドを有するが、一部のみを挙げる。

また、ダイエーグループだけで販売されている「エレーヌ ヘアスプレー」は、コストパフォーマンスや使い勝手のよさから人気商品となっている。ローソンで発売している類似パッケージの「エレラ ヘアスプレー」と混同されることが多い。


現存するブランド
セービング(Savings)
現在、主力となっているブランド。品目は食料品・衣料品(主に下着)・日用雑貨。現在のロゴは3代目で、2006年6月8日に食料品と日用雑貨を皮切りに、このロゴでの販売が開始された。iを逆さにして!のようにし、パッケージによって、ロゴの地の色を変えている。
旧ロゴデザインのうち、1991年から採用された2代目は、黒地に大文字の白抜きで、Iの部分のオレンジが縦に波のようになっていた(採用当初は、食品がオレンジ、日用品が緑、衣料品が青と色分けされていた)。また、初代のデザインは、Century(セリフ)書体で「SAVINGS」の文字が縦横に繰り返し書かれたものが背景となるデザインであった。
すこやか育ち
栽培・飼育方法にこだわった、生鮮食料品を中心とするブランド。青果物の栽培情報をウェブサイトで検索できるようにするなど、「安心」を前面に打ち出している。
おいしくたべたい!
2006年3月9日から展開されている新しいブランド。品目は加工食品が中心。低価格を売りにしたセービングとは対照的に、味や素材にこだわり、高付加価値をアピールしている。
キャプテンクック(Captain Cook)
かつては食料品の主力ブランドであった。ほとんどの商品が「セービング」ブランドに移行したが、2006年6月現在も、一部の商品に使われている。
サリブ(SALIV)
日用品、生活雑貨などに使われているブランド。かつては家電製品もこのブランドで発売されていた。
愛着仕様
シンプルさを売りにしたブランド。当初は無印良品に似たコンセプトで様々な商品を展開していたが、後に婦人衣料へ特化。
フィット(FIT)
衛生用品に使われているブランド。
コルティナ(COLTINA)
家電製品、生活雑貨等に使用。

かつて使われていたブランド
ブブ(BUBU)
1970年、13型テレビを当時としては破格の5万円台で発売し、大変な話題となったが、その際に使われたブランドである。テレビ以外にも様々な家電製品がこのブランドで発売されたが、後に「サリブ」ブランドが家電PBのメインとなる。
AMPM
紳士服などに使われていたが、現在使用されているかどうかは不明。1998年、ダイエーがエーエム・ピーエム・ジャパン(コンビニエンスストア運営)などに対し、「自社の商標に似た商標を使用している」として、商標の使用差し止めと損害賠償を求め提訴したことがある。
プライスセーバー
セービングと同様の品揃えだったが、ディスカウントストア業態向けだったために、セービングよりもわずかに価格を低く設定していた。プライベートブランドとしての役割を終えた後は、書体とマークをそのままに「お酒のディスカウントストア プライスセーバー」として店舗名・コーナー名に流用された。
暮らしの88
100円ショップと同等の商品を、より安価に提供する事を目指した商品。

沿革

ダイエー発祥地である大阪市旭区千林商店街(2004年3月撮影)

ダイエー・京橋店(大阪市都島区)

ダイエーショッパーズ福岡店(福岡市中央区)新ロゴ
1957年4月 - 創業者・中内功が「大栄薬品工業株式会社」を神戸市長田区片山町5-5に設立。
1957年9月 - 1号店が千林駅前(大阪市旭区千林町)に開店(1974年閉店。トポス千林店は1961年7月開店の別店舗、2005年10月31日閉店)。
1958年1月 - 本店を大阪市旭区千林町3-236に移転。
1958年12月 - 三宮店(神戸市)を開店。チェーン店展開の開始。
1959年3月 - 「株式会社主婦の店」に社名変更。
1962年3月 - 公募により初代シンボルマークを制定(3月16日の新聞広告より使用)。
1962年7月 - 「株式会社主婦の店ダイエー」に社名変更。
1963年1月 - 西宮市に西宮本部社屋が完成。流通センターや食肉加工センターを併設。
1963年2月 - 「株式会社フクオカダイエー」を設立。九州ヘ進出(3月10日に天神店を開店)。
1963年7月 - 専門店複合型のショッピングセンター「SSDDS(セルフサービス・ディスカウント・デパートメントストア)」(のち三宮第一店)を開店。
1964年1月 - 「株式会社一徳」(後に「株式会社トウキョウダイエー」に社名変更)を買収。首都圏へ進出。
1964年2月 - 「四国ダイエー株式会社」を設立。四国へ進出。
1968年11月30日 - 日本初の本格的郊外型ショッピングセンター(香里店)を開店。
1969年8月 - 「株式会社フクオカダイエー」、「株式会社トウキョウダイエー」および「四国ダイエー株式会社」と合併。全国店舗の親会社への集約を開始。
1969年11月 - 「和泉商工株式会社」を買収、「株式会社ダイエー」に商号変更。同月、本部を西宮から大阪・中津に移転。
1970年2月 - 「株式会社サンコー」と業務提携。
1970年3月 - 「株式会社ダイエー」が存続会社となり「株式会社主婦の店ダイエー」を合併(株式の額面変更のため)。
1970年11月 - 5万円台の格安カラーテレビ「ブブ13型」を発売。翌年製造元の株式会社クラウンと資本提携。
1971年9月 - 本店を大阪市大淀区中津本通1-2に移転。
1972年8月 - 三越を抜き、小売業売上高日本一を達成。
1973年5月 - 「株式会社サカエ」(現在のグルメシティ近畿)と提携。
1973年11月 - 札幌店を開店。北海道へ進出。
1975年4月 - 「ダイエーローソン株式会社」を設立。コンビニエンスストア業界へ進出。
1975年5月 - 本店を吹田市豊津町9-1に移転。
1975年6月 - コンビニエンスストア「ローソン」1号店、桜塚店(豊中市)を開店。
1975年10月21日 - Daieiの頭文字“D”と「上弦の月」をイメージしたシンボルマークとロゴを制定、24日開店の一宮店より使用開始。
1975年 - 那覇ショッパーズプラザ(のちのダイナハ→ダイエー那覇店:2005年11月20日閉店)を開店。
1978年5月 - ダイエーメンバーズカード(1983年5月にはグループ企業にも拡大させた「オレンジメンバーズカード」、現在のOMCカード)を発行。
1980年2月 - 売上高が業界初の1兆円を突破。
1980年12月 - ダイエー開発商品をプライベートブランド「セービング」として発売。
1981年2月 - 高島屋と業務提携開始。
1981年3月6日 - フランスの百貨店「プランタン」との合弁会社「オ・プランタン・ジャポン」を設立し、神戸市中央区にPrintemps(プランタン神戸)を、現在の三宮オーパの地に開店(日本におけるプランタン1号店)。
1981年7月31日 - 株式会社サンコー(ダイエーグループ企業)を株式会社マルエツが吸収合併し、ダイエーグループとなった「株式会社マルエツ」が発足。
1981年9月1日 - 株式会社九州ダイエー(1980年11月設立、1981年5月九州地区のダイエーの営業を継承)を株式会社ユニードが吸収合併し、ダイエーグループとなった「株式会社ユニード」が発足。(株式会社ユニードは1991年9月1日に株式会社ユニードダイエーに商号変更)。
1982年 - 本社機能を芝パークビル(港区芝公園2、通称「軍艦ビル」)に移転。
1982年1月 - 「オレンジ合衆国」発足。ユニード・マルエツ・CGCなどが参入し、ダイエーグループの象徴となる。
1982年3月 - 「株式会社十字屋」(2007年1月16日に吸収)と業務提携。
1984年4月27日 - プランタン銀座を開店(ダイエーグループがプランタンとして開店した店舗群では唯一現存するプランタン)。
1984年9月 - 本店を神戸市中央区港島中町4-1-1に移転。
1985年6月 - 雑誌「オレンジページ」創刊。
1987年 - 会社更生法を申請していた、ミシンメーカーのリッカーの再建支援を引き受け。
1988年9月 - 南海電気鉄道からプロ野球「南海ホークス」の経営権を譲り受けることを決定。
1988年11月 - 福岡ダイエーホークス(FDH)が発足。当初の本拠地は1978年までライオンズの本拠地だった平和台球場。
1993年4月 - プロ野球団取得の後に発表していた福岡ツインドームシティ構想の一環である、開閉式ドーム「福岡ドーム」が開業。平和台球場に代わりFDHの本拠地となる。
1994年3月 - 「株式会社ダイエー」が、「株式会社忠実屋」(首都圏)・「株式会社ユニードダイエー」(九州)・「株式会社ダイナハ」(沖縄県)を吸収合併し、SMでの日本初のナショナルチェーンを完成させる。
1995年1月 - 阪神・淡路大震災発生。神戸・三宮などの阪神地区の店舗が被災。ダイエー三宮第一店(リビング館)(解体)・ダイエー三宮オフプライス館(旧ダイエーレディス→女館)(解体)・ダイエーさんのみや男館(解体)・ダイエーさんのみや電器館パレックス(退去)を集約してサンボーホール内に三宮南店を暫定開業後、同年4月に三宮駅前店をプランタン神戸本館(震災により営業終了)跡地に開店。プランタン神戸ヤング館も震災により営業終了し、跡地に三宮オーパを同年10月に開店。このほか、震災復旧に際し、「Kou'S」神戸ハーバーランド店がポートアイランドエキゾティックタウン内のバンドール店舗へ移転し再オープン。一方、ダイエーハーバーランド店は2階から6階がメガバンドールに変更され、ダイエー自体は「Kou'S」跡地である1階と地下1階へ縮小しての移動となった。ほか、ダイエー西神戸店・ダイエー住吉店・トポス東山店が解体撤去。
1995年4月 - ホークスタウンを開業。(当初はシーホーク・ホテル&リゾートのみだったが、2000年に商業施設が「ホークスタウンモール」としてオープンした。)
1996年2月 - 業態別に準分社化したカンパニー制度を導入。食品SM業態の店舗を順次「グルメシティ」に改称。
1997年12月 - 持株会社「株式会社ダイエーホールディングコーポレーション(DHC)」に子会社などを移管。中内功がグループCEO、長男の中内潤がCOOに就任。
1999年7月 - ハワイのアラモアナ・ショッピングセンターを米投資企業に売却。
1999年 - 前年の経常赤字への転落を受けて、味の素社長を務めた鳥羽董(ただす)が副社長から社長に、中内功は会長に就任。
2000年 - ダイエー成増店(東京都板橋区)に本社機能の一部を移転。
2000年 - 鳥羽社長が、自身の保有株式の売買に絡むインサイダー取引疑惑から引責辞任。
2000年9月7日 - ダイエー開発商品『暮らしの88』(88円均一)を発売開始。
2000年12月 - ニコニコ堂と業務提携(2002年6月11日に提携解消)。
2001年 - 中内功がグループの職を全て辞任し、ダイエーからリクルートに移籍していた高木邦夫が社長に就任。
2003年12月 - 福岡ドームとシーホークホテル&リゾートをアメリカの投資持株会社「コロニー・キャピタル社」に譲渡することを発表。
2004年 - ダイエー開発商品『暮らしの88』を発売終了。
2004年 - ダイエー開発商品『バリュー』(100円均一)を発売開始。
2004年10月12日 - 今後の経営方針について産業再生機構の支援を得ずに、自主再建で臨む方針を発表。
2004年10月13日 - 主力の取引銀行3社(UFJ・三井住友・みずほ)が、産業再生機構を利用しない場合は追加支援を行わない方針を強く示したため、同機構にて再建に取り組むことを決定。
2004年11月30日 - ダイエーの持つFDH株式98%を50億円でソフトバンクに譲渡することを決定(残り2%は元オーナー中内正が保有)。ダイエーは3年間、同球団を利用した特別セールを無料で行うことができるとした。
2004年12月24日 - プロ野球オーナー会議にてFDHのソフトバンクへの譲渡が承認。
2004年12月28日 - 産業再生機構はダイエーと傘下の11社(十字屋、キャナルシティ・オーパ、中合、サカエ、九州スーパーマーケットダイエー、日本流通リース、浦安中央開発、オレンジエステート、セリティーフーズ、デイリートップ、西神オリエンタル開発)の支援を正式決定。
2005年 - ダイエー開発商品『バリュー』を発売終了。
2005年1月28日 - ソフトバンクにFDH株式を正式に譲渡。
2005年2月1日 - 閉鎖・撤退の店舗のリストを公表、計53店舗が閉店対象になる。
2005年3月 - 産業再生機構は支援スポンサーとして、丸紅を中心とした企業グループに事実上内定したことを発表。
2005年3月30日 - 前ビー・エム・ダブリュー東京社長の林文子が、代表取締役会長兼CEOに就任。
2005年4月11日 - 傘下の55ステーションが、会社更生法の適用を東京地方裁判所に申請。
2005年8月31日 - 香里店閉店(日本初の本格的郊外型ショッピングセンターとして開店)。
2005年9月19日 - 創業者の中内功が死去。
2005年11月20日 - 沖縄県のダイエー那覇店、浦添店が閉店。
2005年11月30日 - この日までに仙台店以外の東北地方、北陸・中国・四国地方の全店舗(下関店、フランチャイズを除く)を閉鎖。
2005年12月1日 - 社章・ロゴマーク、スローガンなど、CIを変更。
2005年12月8日 - ハワイ・オアフ島にある4店舗、および現地子会社をドン・キホーテに売却する事で合意。
2005年12月10日 - 東京都世田谷区に新規業態の食品SM、「フーディアム三軒茶屋」を開店。(グルメシティ関東が運営)
2006年2月23日 - ハワイ現地法人および店舗のドン・キホーテへの売却手続終了。同日をもって全ての海外事業から撤退。
2006年3月9日 - 食品におけるダイエー開発商品を、オリジナルブランド「おいしくたべたい」として発売開始。
2006年6月5日 - 本社機能を東京都江東区東陽2丁目2番20号に移転。
ダイエーグループ各社の本社も、関東を商圏としないなどの一部の法人を除きここに集結した。
2006年6月8日 - ダイエー開発商品「セービング」を15年ぶりにリニューアルして発売開始。
2006年7月28日 - 丸紅が産業再生機構の保有する発行済み株式33.6%を全株取得する事で合意(同年8月4日付で異動)。
2006年10月6日 - CEO・COO制を廃止。同年に丸紅から転籍した西見徹が代表取締役社長に就任。(林文子はCEO権限のない代表取締役会長になった。)
2006年10月13日 - ファーストリテイリングのブランド「ジーユー」1号店が、ダイエー南行徳店内に開店。
2006年10月13日 - 丸紅と共同で、イオン株式会社に対して2007年3月末までの独占交渉権を与え、ダイエーとイオンの資本・業務提携に関する検討を開始することで合意。
2007年1月16日 - かつて百貨店やOPA(OPAは2006年に分離)を展開していた株式会社十字屋を吸収合併。

事業譲渡・グループ再建状況
(2005年10月14日現在 矢印右側は事業譲受先)

1995年
神戸オレンジサッカークラブ(ヴィッセル神戸) → 神戸市(2004年にクリムゾングループ(楽天)へ売却)
1998年
ディックファイナンス → アソシエイツ(後にシティグループ傘下、現シティファイナンシャル・ジャパン=CFJ)
1999年
ほっかほっか亭(東日本エリア) → プレナス
2000年
ローソン 及びローソン物流部門の譲渡決定
リクルート → 自社グループ会社を通じて買い戻したためグループ離脱
オレンジアタッカーズ → 久光製薬
2001年
オレンジページ → 東日本旅客鉄道
ダイエー情報システム → 富士ソフト
2002年
横浜ドリームランド → 閉鎖
プランタン銀座 → 店舗の所有者である読売新聞及び三越
サンテレビジョン(兵庫県のUHFテレビ)→ 神戸新聞社
イチケン → 東洋テクノ(後に、平成16年6月「株式会社ダイエー」及び「東洋テクノ株式会社」と株式売買契約を締結し「株式会社マルハン」に売却。)
ハブ → 加ト吉グループ(村さ来・加藤義和株式会社)、トゥエニーワンレイディ
キャプテンクック → ソデッソジャパン(現 レオックジャパン、三菱商事系)
ダイエーオリンピックスポーツクラブ → コナミスポーツクラブ
ウェンディーズ(ウェンコ・ジャパン)・ビッグボーイ→ ゼンショー(すき家)
エー・エス・エス(機械警備、貴重品運搬警備業、現アサヒセキュリティ)→カーライルグループ(その後、2005年に豊田自動織機の子会社となる)
ダイエー・ロジスティクス・システムズのローソン向け物流部門 → 三菱商事グループ(エフエスエヌ,2003年4月にフードサービスネットワークへ商号変更)へ営業譲渡
2003年
高知スーパーマーケット→グループ離脱、2006年に自主解散
エックスワン → ヤマノホールディングコーポレーション
丸専 → イヌイ運送
ディー・エム・ガスステーション → 合弁相手の丸紅
ホークスタウン(福岡ドーム・シーホークホテルアンドリゾート含む) → コロニー・キャピタル(アメリカ)
新浦安オリエンタルホテル(浦安市)→ ゴールドマン・サックス証券(アメリカ)
神戸メリケンパークオリエンタルホテル(神戸市)→ ゴールドマン・サックス証券(アメリカ)
なんばオリエンタルホテル(大阪市)→ ゴールドマン・サックス証券(アメリカ)
ホテルセントラーザ博多(福岡市)→ ゴールドマン・サックス証券(アメリカ)
ダイエー・ホールセールクラブ・コーポレーション(2003年02月清算)
会員制ディスカウントストアのKou's(コウズ)を運営。
当時の中内社長の名前にちなみ、功(いさお)→コウ→コウズ→Kou's
2004年
パレックス(家電販売) → 清算
新神戸オリエンタルホテル(神戸市)→ モルガン・スタンレー証券(アメリカ)
福岡ダイエーホークス → ソフトバンク
ユニードダイエー友の会 → 清算
2005年
フォルクス → どん
リクルート → 保有株式10%のうち農林中央金庫4%とあおぞら銀行4%とアドバンテッジ パートナーズ1%を売却。
ショッパーズ弘前 → 清算
オートワールド → 清算
十字屋 → 完全子会社化(2006年にOPAを分割したのち、2007年にダイエーに吸収合併)
中合 + アドバンスド・デパートメントストアーズオブジャパン(棒二森屋、三春屋)合併し → 中合
スポーツワールド → ヤマノホールディングコーポレーションの子会社に店舗を譲渡した上で清算
神戸らんぷ亭 → ミツイワ
ドリーム開発 → 清算
ドリームパーク → テンラッシュ
新歌舞伎座(大阪、旧 日本ドリーム観光系列) → 新宿オーフォー(リサ・パートナーズ)
55ステーション → 会社更生手続申立、プラザクリエイト(パレットプラザ)傘下で再建
2006年
オレンジマーケット
天津大栄国際貿易(中国に食品店12店舗構えていた) → 北京物美商業集団股フェン有限公司
ダイエーUSA(ハワイにスーパーマーケットを4店舗構えていた) → ドン・キホーテ
西神オリエンタルホテル(西神オリエンタル開発)→ ジェイ・ピー・ティー(SPC。運営はホスピタリティパートナーズ)
一度ヒューザーへの売却が決定していたが、構造計算書偽造問題の影響で譲渡を中止。
大栄商事(保険代理業) → オーエムシーカードへ合併
朝日ビルマネジメントサービス→ザイマックスへ全持株売却
渋谷ツエンティワン → ダイエー本体と合併(オーエムシーカードの筆頭株主へ)
パンドラ(元シヅオカヤ→忠実屋系、パチンコ事業) → アメニティーズ(9月29日付)

店舗

現在の店舗
現行店舗については、ダイエー店舗情報をご覧ください。

閉店した店舗
参照: 「過去に存在したダイエーの店舗」。

関連会社・団体
株式会社グルメシティ関東 - ダイエーグループのSM。(2006年3月1日、株式会社セイフーから社名変更)
株式会社グルメシティ近畿 - 元々はサカエ薬品という薬局、中内家による流通事業の源流企業。(2006年3月1日、株式会社サカエから社名変更)
株式会社グルメシティ九州(2006年3月1日、株式会社九州スーパーマーケットダイエーから社名変更)
株式会社グルメシティ北海道(2006年3月1日、北海道スーパーマーケットダイエーから社名変更)
もともとは「ボーニストアー」という棒二森屋の系列のスーパーだった。「函館ダイエー」→「北海道スーパーマーケットダイエー」と商号変更
株式会社ヒカリ屋
株式会社マルエツ - ダイエーグループのSM。首都圏に展開。
株式会社ビッグ・エー
食料品・日用品を販売する小型のディスカウントストア。首都圏に展開。24時間営業に積極的。独自のPB商品も多数開発。
ダイエー→大栄→大きな栄→ビッグなA→ビッグ・エー
株式会社ロジワン - 阪神運輸倉庫→ダイエー・ロジスティクス・システムズ→現商号。ダイエーグループを中心とした店舗への物流。
株式会社アシーネ - 書籍・CD販売(2005年8月をもってCDの店頭販売を廃止、ネット販売は継続)
株式会社オーエムシーカード
株式会社オレンジフードコート
ドムドムハンバーガー(旧 ウエンコジャパン (現:日本ウェンディーズ) から分割)
富士ソフトDIS株式会社 - 旧ダイエー情報システム。富士ソフトの子会社。
株式会社ファンフィールド(旧ダイエーレジャーランド) - 売り場に隣接した子供向け遊技施設の運営・管理
株式会社ダイエーリーシングカンパニー - 不動産
株式会社日本流通リース
学校法人中内学園流通科学大学 
株式会社ジャパンプリントシステムズ - 印刷 など
株式会社OPA
株式会社ダイエースペースクリエイト(旧・十字興業)
パチンコや外食チェーンストアを展開している会社ダイエー観光(本社愛知県豊橋市)、同じくパチンコ店などの遊技場経営を行っている株式会社ダイエー(本社福島県会津若松市)、福岡県、山口県などでスーパーマーケットなどを展開するスーパー大栄(本社北九州市八幡西区)、また過去に存在した映画会社大映、および同社がオーナーであったプロ野球チームの大映スターズ→大映ユニオンズなど、"ダイエー"と呼ばれる企業は複数あるが、いずれも同社とは一切関係がない。


関連項目
グルメシティ
トポス
Dマート
ショッパーズプラザ
リクルート(出版社)- 株式1%保有
福岡ダイエーホークス(現福岡ソフトバンクホークス)
大阪国際女子マラソン(大会開始から20年間、特別協賛をしていた)
神戸オレンジサッカークラブ(ヴィッセル神戸)
オレンジアタッカーズ(現久光製薬スプリングス)
ダイエー陸上部
デイリースポーツ
ドリーム開発
流通科学大学
MBSナウ(番組開始当初、単独提供ではないもののダイエーが筆頭スポンサーを務めた)
南海電気鉄道
ソフトバンク
久光製薬
ローソン

外部リンク
ダイエー

日本航空  三菱電機  ダイエー  紀州製紙  東急不動産 トップへ戻る